歌謡

友と法善寺横町 こいさん

藤島 桓夫(・・たけお、1927年9月18日 ~ 1994年2月1日)
は大阪府大阪市西成区出身。

他の歌手にはまねの出来ない鼻から頭に突き出るような高音と
渋い低音を合わせ持った独特の唄い方で、いなせなマドロスさんや
着流しで多くのファンに親しまれ庶民的で歌手らしくない歌手だった。

♪ 初めて来た港 が1954年にヒット、その後、♪ かえりの港 
♪ さよなら港 の港シリーズが続いて世に出た、

1956年、♪ かえりの港 でNHK紅白歌合戦に初出場して、
その後、紅白歌合戦は7回連続で出場を果たした。

1960年に♪ 月の法善寺横町が大ヒットとなり世間に強く印象づけた。
1994年1月10日に突然倒れ、2月1日高血圧性脳出血により死去。
若くしての死去は惜しまれる。

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私の同級生が高校卒業後上京、事情があって北海道に渡り洋食店で
コック見習からスタ-ト、大阪に戻り本格的に板場の修業に入ったが
月の法善寺横町はそんな時代にはやった歌だったので特に思い出に
残る歌になった。

友は、大阪で板場の世界の厳しい修行に耐えて独立、一家を成して、
中島 北新地と店を両立させていたが病に倒れて跡継ぎもないことも
あって店をたたんだ。

現在は糟糠の妻に支えられて不自由な身体を奮い立たせている。
大阪の地で終の棲家を構えて青春時代を振り返っている。

面倒見のいい男で、後輩や弟子思いの男、弱いものには 決して手を
出さない硬骨漢、
高校時代は近隣高校生の間で名前の知れた番長格、からきし女に弱い
男でも有った。

藤島桓夫の ♪ 月の法善寺横町 はそんな男の物語とともに脳裏から
離れることはない。

代表曲
  はじめて来た港
  かえりの港
  さよなら港
  お月さん今晩は
  アンコなぜ泣く
  凧々あがれ
  月の法善寺横町

藤島 桓夫を引き継ぐ歌手は今に至っても現れない、
思い出に残る歌手である。

♪ あの晩から、わては、わては、こいさんが好きになりました。

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