歌謡

三波春夫 船方さんよ Aよ同級生だよ

今思い出しても不思議でならないことがある、
国民的演歌歌手の三波春夫さんの出世歌 ♪ 船方さんよ にまつわる話である。

あれは確か、1957年 私がまだ中学生の頃のことである、私の田舎では珍しい程
手のつけられない中学生が居た、同級生Aである。

ところが小学校1年から6年まで同じ組だった私は隣村にある母子家庭の
Aの家に、時々遊びに行く仲良し同士だった。

私は身体も小さいこともあっておとなしい生徒だったが、相方のAは
低学年の頃は無邪気な生徒のひとりに過ぎなかったが段々性格が凶暴になって
中学生の頃になると並みの先生では手に負えなくなって行くのである。

その中学の頃に将来国民的演歌歌手になる三波春夫が登場してきた、
三波春夫のデビュー盤は「チャンチキおけさと船方さんよ」のカップリング盤だった。

特に♪チャンチキおけさは、故郷を恋しがる歌詞が、当時集団就職で都会に出ていた
若者の郷愁を誘ってヒットした。
後年の長編歌謡浪曲♪元禄名槍譜 俵星玄蕃は私の後輩が十八番にして唸った歌である。

「三波春夫の♪船方さんよ はいいぞ!」 私の傍にやって来たAはそう言って、
初めて聴く歌を口ずさんだ、 私にはどこが良いのかさっぱり分からなかったが ?
それにしても、今聴いても不思議でならないが、中学生が唄う歌かいと正直思った。

母、兄と姉の母子家庭、父は居なく母は20Kmほど離れた町で住み込みのお手伝い
さん、淋しい境遇のAの内面が漏れ伝わったひとこまである。

彼は、歌詞の意味をどれだけ理解していたか分からないが、軽妙に勢い込んで唄った。
後年、悪の方で名前を売っていく無頼Aの、内面を吐き出したあの日のことである。

二十歳前後のカツオ船の漁船員から陸に上がってのチンピラ生活、彼の人生は音を
立てて崩れていく、ふるさとの先輩を呼び出しての狼藉三昧、あの頃のAは村人から
恐れられていた。

変わらなかったのは、私始め少数の同級生への義理立てだった、子供の頃の純真が
彼の胸の中に、かろうじて残っていた。

ふっと見せる淋しげな影、父のことに触れることはなかったが、母には甘えた男だった。
彼Aの晩年は病弱で、最後の日々は故郷の病院で別れた妻と娘も見舞に来ることもなく
ひとり淋しく息を引き取った。

病床にあって、その胸に去来したものは何だったであろうか、狂気の中に じわっと
情を見せた男でもあった。

あの、ふっと見せる陰のある表情は、社会で真面目に生きる同級生達に、置き去りに
されるのではないか、嫌われるのではないか ? わしも同級生なのだぞ !

その想いを吐き出せない男の切なさだったような気がする。 
「Aよ! Aよ! 間違いなくお前は同級生 竹組のAだぜ!」 私はそう呼びかけた!

♪チャンチキおけさ と ♪船方さんよ ・・・Aの面影が微笑んだように思えた。
♪ 船方さんよ
  作詞 門井 八郎
  作曲  春川 一夫
   歌  三波春夫

 おーい船方さん 船方さんよ
   土手で呼ぶ声 聞こえぬか
    姉さかぶりが 見えないか
     エンヤサーと 回して
      止めておくれよ 船足を 船足を

狂気の中に情を忍ばせたいい奴! 同級生Aに捧げる

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