歌謡

昔の名前で出ています、 Tちゃん

夜の街は、人生の縮図、進行形のメロドラマ、
幾多の恋が芽生え、幾多の裏切りが横行した。

そこで泣くのは先ず女性、そして純情な男と
決まっていた。

現代と違って昭和の世は女性の地位が低かった、
そんな時代の女達、涙ぐましくも強い女がいた。

町一番の格式があった、客も店主もそう思っていた、
一番年下で、お姉さんの陰で甲斐甲斐しく振舞った。

ところが、ある年の暮れアパートの部屋を整理する
彼女の姿が有った。

「どうしても、行くの ? 思いとどまれないの ?」
妹は、そう言って涙ぐんだ。

「マスターに頼んだからね、頑張るのよ !」
彼女の妹は、20歳になったばかり、彼女が勤めた店の
系列の喫茶店でウエイトレスをしていた。

正月三ヶ日が過ぎて、年末に降った雪が溶けやらぬ内
国鉄Y駅から汽車に乗る女の姿があった。

握りしめた切符の行き先は、東京
その時代の若者達がこぞって憧れた花の都 東京・・・

夜の町から彼女の姿が消えた・・・
「失恋したってよ ・・・ !」 瞬く間に噂が広まった。

「相手は誰だい ?」 それもしばらくすると萎んで消えた、
人々の記憶から遠ざかり、そして噂は途絶えた。

彼女の向かった東京は彼女を飲み込んで苦労と云う字を
刻み込んだ。

「銀座で勤めていたってよ !」
生まれた子が小学校へ上がる頃、町の人々に噂される女が
いた。

凱旋帰郷か? 憔悴の帰郷だったのか ? 誰も知らない、
昔の名前で出ています、 彼女の名前は昔のままだった。

東京銀座 それだけで彼女のネームバリュームは、 ??
彼女を知る私は、よく分かっていた、「ご苦労さん !」

東京は、夢追うところ、女王様は一握り、厳しい街、
それを一番よく分かっているのは、彼女自身、その身の
こなしに現れていた。

(ふるさとが一番いいよ、温かいね、もう名前は代えなくて
いいよ! ここがお前さんの居場所なんだよ !?)

秋祭りの太鼓の音が段々と大きくなって来た、
九州へ向かう別府航路のフェリーが白い船体を西に向けた。

♪ 昔の名前で出ています
  

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