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歌謡

女の酒場川 思い出に消えた酒場川

工場の排水もない清らかな清流千畳川に鯉が泳いでいた頃の
物語である。

その千畳川の北側に、突き出たように割烹瀬戸家は在った。
私の役目は、会社が退けると社長を瀬戸家へ送るのが日課と
なっていた。

玄関先に車を止めると、下働きの娘が格子戸の玄関を開けて
お出迎え、その後ろに年のころ四十に手が届くかどうかと
いう仲居のお姉さんが迎えに出て来た、

小柄で目のくるりとしたお淑やかなお姉さんである、
得もいえぬ気品を漂わせた女性だった。

「ご苦労様」やさしい笑顔を見せる人でふくよかな表情から
心豊かな性格が偲ばれた。

普段は送り迎えだけなのだが社長の機嫌が良い時は、たまに
「君も入って食事でもして帰れ」 と優しい言葉が出た。

畳の香の芳しい八畳の部屋は案外さっぱりと整っており
窓辺には四季折々の生け花が手向けられていた。

仲居のお姉さんは、それは優しくて料理をよそおいながら
優しい言葉をかけてくれた。

まるで別天地、美味しい料理と目の前の色香に戸惑いを覚えて
美味しいはずの料理も喉につかえたものだった。
割烹料亭を始めて経験した懐かしい思い出の瀬戸家である。

社長と仲居さんの仲がどんなものだったか知る由もなかったが
年月を拾うことに おおよその想像がつくようになった。

(ああ、そんなことだったんだ、そんな仲だったのだ ?)と。

なまめかしい大人の世界も若い青年には理解できない未知なる
領域だった。

しかし、ちょっぴり いつかは自分もこんな身分になって見たい、
そう思って送り迎えしていたことも本音である。

だから、その経験が染み込んだのか、私は洋風のバ-、クラブ
よりも和風の座敷を好む男になってしまった。

年にいち二度帰郷する度にその千畳川のほとりを通ってみるが
もちろんその店は跡形もなくなっている。

老木になった柳の樹が、ただひとつ当時の面影を残して枝を
揺らしている。

幾多の男女が川風に当たりながら恋の火花を散らしたのか ?
中には悲しい悲恋の結末で身を焦がした女も居たという。

男と女 何時の世も、男女の仲は綱渡り、泣いて縋った格子戸、
昭和が遠く儚く過ぎた。

酒場川 柳が揺れる千畳川 幾多の涙が流れたものか、
思い出の酒場川 恋に恋して泣き濡れて 契りも風に捨てられた。

女の酒場川 思い出に消えた酒場川 ああ千畳川よ。

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