親子舟唄という歌がある
今は亡きバタやんと、名子役だった白鳥みづえの歌、
白鳥みづえは母もの映画で一世を風靡した作家川口松太郎夫人
三益愛子の子供役で大衆の涙を誘ったものでした。
同時代同じ名子役 松島トモ子と人気を二分した人気子役だった。
田端義夫と白鳥みづえが歌ってヒットした懐かしい歌である、
♪ 親子舟唄
昭和三十年発売。
作詞:藤田まさと
作曲:大久保徳二郎
今は懐かしい昭和の御世を思い出して口ずさんで下さい。
川野夏美&冠二郎 親子舟唄
親子舟唄という歌がある
今は亡きバタやんと、名子役だった白鳥みづえの歌、
白鳥みづえは母もの映画で一世を風靡した作家川口松太郎夫人
三益愛子の子供役で大衆の涙を誘ったものでした。
同時代同じ名子役 松島トモ子と人気を二分した人気子役だった。
田端義夫と白鳥みづえが歌ってヒットした懐かしい歌である、
♪ 親子舟唄
昭和三十年発売。
作詞:藤田まさと
作曲:大久保徳二郎
今は懐かしい昭和の御世を思い出して口ずさんで下さい。
川野夏美&冠二郎 親子舟唄
大切な処女地へのコメントでしたのに、第一号からして、ハンドルネームを書き違えて
申し訳ありません。もし、訂正できるならばどうぞ改めて頂きますよう、お願い致します。
白鳥みづえちゃん、とても懐かしい歌い手です。
宮崎県高鍋町では、小丸川という川のほとりに住んでいました。
小丸川には姉と弟二人の船頭さんがいて、向こう岸へ船をこいでくれました。
お姉さんは姉の同級生、弟さんは私より一歳年下なのですが、向こう岸まで、巧みに船を
操る姿に何時も賞賛の目を向けていました。
貧しくて貧しくて、家の入口はむしろ一枚をぶら下げている掘っ立て小屋でした。
姉は私の親にも内緒でさりげなく(遠足や修学旅行などの時に必要なものを)心配りをして
おりましたが、三歳年下の私は、何にもしないままでした。
この歌を聴くと当時の渡し船のご姉弟を思い出し、周りの景色までも生きて現れてきます。
歌の力、音の力は凄いなぁ~、と思います。白鳥みづえ、好きな歌手でした。
コスモスさん、
やさしいコメント頂いたのに申し訳ありませんがハンドルネームだけ訂正させてください、
よろしかったら「スクリ-ン」でお願いします、あの頃の白鳥みづえちゃん可愛かったですね。
漫才師と結婚していなかったら、もっとスタ-になっていたのではないかと思います。