港町の幹線道路沿いにその病院は在った。
その町で一二を争う個人病院が県道を挟んで南北に建っていた。
男は激しい空手の稽古と仕事上のジレンマで身体を壊していた、
歳は二十歳・・・ 彼が入院したのは道路南側の四階建ての方。
初めは6人部屋に入って入り口左側のベッドを与えられた。
ベッドはそれぞれカ-テンで間仕切りされていた。
6人のうち同年輩はおとなしい青年ひとりだけで後は自分の
父親ほどの年齢の人ばかりだった。
5ケ月入院することになったが、灰色の二十歳の青春だった。
病院生活は経験者であれば分かるが、一種の閉鎖社会である、
特に若い患者が入ると看護婦さんたちの好奇の目に晒される、
女のやきもち、嫉妬、さまざまな場面が展開された。
看護婦、事務員、皆 美人ぞろいで、複雑な恋模様が展開して
いた。
まだ、中学を出た見習い看護婦さんは、病院の仕事のかたわら
准看護婦学校へ通っていた。
あどけない顔で無茶な患者さんの一喜一憂に眉をしかめる事も
多かった。
山間の中学を出たばかりの見習い看護婦にTという娘がいた、
無口な、恥ずかりやさんだった。
彼女には、二つ違いのSという姉が道路を挟んだ北側のもう一方
の病院に勤務していた。
口さがない看護婦さんの中で、控えめな美人姉妹だった。
姉の方は、男が可愛がっている後輩がその病院に入院している
関係で、彼を通じて知り合いに為っていたのである。
妹Tは他の看護婦が男と話していても横で静かに控える娘だった。
この姉妹には忘れられない思い出がある、
男が無事退院して、その後商売を始めた時、妹Tに大手電機会社
勤務の関西出身のサラリ-マンを紹介した。
まじめな、好青年だった。
男が店を二軒掛け持ちして多忙になったことで次第に疎遠になって
行った、
青年の転勤もあって、彼女たちの消息も途絶えた、
「お兄さん、お兄さん・・・」 と、甘えてくれた妹だった。
二人姉妹の消息はようとして分からない、
どんな男性にめぐり合って、どんな人生を歩んだことだろう ?
彼女たちの黒い瞳から涙の流れることはなかったか ?
途中から相談に乗ってやれなかった、あの青春を忘れることが
出来ない、後悔として胸に秘められている。
「Sちゃん ・・ Tちゃん !」一度で良い、幸せな姿を見たい。
昨年、手がけた仕事の場所は、彼女達の生まれた山間の町、
この広い町の何処かに彼女達の生きている証があるはずである。
「Sさん、 お兄さん」 と呼んでくれた二人の姉妹にいちど
逢いたい !?
男、すなわち私Sのほろ苦い青春懺悔録である。
森若里子の歌を聴くと思い出す、( 泣いていないかな・・・?)
作詞 荒川 利夫
作曲 山口 ひろし
♪ 浮草情話 お手本バ-ジョン 原曲 森若里子 ( 隠れた名曲です。)