その夜の港町は霧のような細かな雨が静かに降り始めた、
商店街の裏通りの細い路地はいつの間にかまるでジュ-タンを
敷き詰めたように白一色の世界に変わっていく。
肩を寄せて歩く二人の頭の髪の毛が老人のように真っ白になった、
話すには話題が重く語るには涙がこぼれそうで女の指は小刻みに
震えた。
神社下の商店街角の小さなカウンタ-バ-のネオンが目に入った、
「ちょっと休もうか ?」 男は呟いた、「うん!」女は答えた、
口数の少ない今宵の二人だった次第に胸が切なくなるのを覚えた。
店の入り口の横の傘入れに5本の傘が入っていた、3本は男物
2本は女物の傘だった。
「こんばんは・・・」ふたりは小さな声を出してドアをくぐった、
「いらっしゃい!」この店のマスタ-はまだ若かった、カウンタ-
の二人の二十歳前後の若いウエイトレスが笑顔で迎えてくれた。
比較的コンパクトな茶系統に統一された店はカウンタ-主体で、
四人掛のボックスがふたつ並んでいた。
その内の奥のボックス席に若い男女のふたりが熱燗二本と湯豆腐
カウンタ-には男二人と女がひとり並んでハイボ-ルを傾けていた。
つまみは盛り合わせの品のようだが女は肉じゃがを追加注文した。
ふたりは熱燗とウイスキ-のジンジャエ-ル割を頼んだ、つまみは
港町の特産かまぼこをあつらえた盛り合わせにした。
「今夜は冷えますね、洋服大丈夫ですか?」熱いお絞りが出てきた。
カウンタ-の三人組にカラオケのマイクが渡された。
二番手に唄った女の歌が巧かった、中島美嘉の ♪ 雪の華 絶品だった。
後から入ったふたりは無言でその歌を聴いていた、女の目からキラリと
涙が落ちた、何かいわく有り気なふたりをマスタ-は、黙って見ていた。
明日は、悲しい別れが待っている、次に逢うのは半年先、
男の職業は、外国航路の船員、今回の航海はアフリカ大陸の南アフリカ
ケ-プタウン、辛い別れである、女の肩が小刻みにそして大きく揺れた。
カラオケの曲が余りに身に迫る、戸外の雪が更に大降りになった、
明日、欠航になればいいのに、女の儚い願いは叶うはずもなかった。
中島美嘉 『雪の華』