港町の山の手に、その小さなスナック喫茶店は在った。
その日は早い時間から客がやって来て店内は賑わった。
三人連れの男性客がカウンターの空いた椅子に座った、
その内の二人AとBはマスターの馴染み客、気心の合った
友達、物静かに控えている男Cは初めての客だった。
馴染みのAがCを紹介した、
3人は中学の同級生、始めてのCは以前聞いたことのある
男だった。
M中のコワモテ番長、
現在は肉体労働に従事する二人の子供の親になっていた。
お互い名前は知っている、
俯き加減のCの心が見えて来た ?
礼儀正しい言葉使いは、Aとマスターの親しい関係に配慮
していることは勿論だが見えぬ義を感じ取ったからである。
ビールが入ったことでCの口が滑らかになった、
「家内を郷へ里帰りさせてやりたいのですが北海道なもの
ですから家計が苦しくて出来ません、情けないですね。」
男の切なさを示して余りある言葉だった、
あのコワモテの番長が、苦渋に満ちた表情を見せた、
新しい客が入って来たので席を譲る為、彼等は席を立った、
その時、外は木枯らしが舞っていた。
港町で男が肩を落とした、
ビールのコップに涙が落ちて、男の喉元に消えた、
酒の苦さよ、涙の切なさよ・・・男は妻の心を想って泣いた。
徳久広司 作詞 作曲
♪ 北へ帰ろう
北へ帰ろう 思い出抱いて
北へ帰ろう 星降る夜に
愛しき人よ 別れても
心はひとつ 離れまい
小林 旭 のこの歌を聴くと
何故かあの時の男の姿が思い出されてならない、
あれから数十年の歳月が過ぎた、
あの港町を訪ねて、男の面影を追ってみたい。