瀬戸風の吹く町 昭和40年代初頭、
九州への玄関口Y港は魚市場が傍に在った事で 九州への
旅行客と仲買人その他漁協職員等で 賑わっていた。
その一帯にD町が位置して、ヤクザが解散、撤退 した後は、
町に腕力に秀でた兄いたちが群雄割拠 していた。
その中でも飲み屋(バ-、スナック、キャバレ-)
等を経営していたI兄の一派が抜きん出ていた。
彼らが通ると若いヤサグレ達は羨望の眼差しで 頭を下げた。
傍の港からの潮風が軒下を瀬戸風が吹きぬけた。
貫禄のあるI兄は、子分の躾けが厳しかったが 不思議な
ことに皆素人衆だったのである。
ヤクザのプロは1人としていなかった、 その中には、
素手ごろのMはじめ若者達が参集 していた。
ある夏、昼間の熱風が去った夕方だったか ?
私は後輩の家に急いでいた。
木造2階建てが立ち並ぶD町のとある場所に 二つの
シルエットが浮かんで大きくなった。
I兄の元へ出入りしていたMの弟分Aがハッと する美人を
連れて歩いていた。
すれ違う一瞬私はAに会釈して連れそう女性に 視線を
移した、 当時 歌謡曲の世界で、♪ 哀愁海峡 扇ひろ子
がヒットしていた。
「ああ! 扇ひろ子だ ?」 田舎町、Y市には似合わない
美形 ! 私は2人の後姿を追った。
季節外れのトレンチコ-ト、長い髪の歌手まがい、
私は、今でも扇ひろ子だったと思っている ?
後日、そのAは、ある事を境に私と意気投合する、
無口な男だった、
私より一つ歳上、若い者が 頭を下げて通り過ぎた。
時折、お年を召した扇ひろ子が変わらぬ美しさで テレビ
に映る、
♪ 哀愁海峡 瀬戸風に長い髪を吹かせ、
トレンチコ-トの襟を 立てる男のシルエットが、
・・・・・ よみがえってくる !