無機質な二階建ての白い病院は日赤病院の表通りに在った。
私よりひとつ年上の院長は物静かな人情家だった。高校生の頃、院長の父親は私の隣村の診療所の医師をしていた。
当然我々は学校への登校時、自転車ですれ違っていた事になる、担当医師と患者、ガン手術を済ませた私は抗がん剤治療に専念する為旧知の院長に相談してその間入院させて貰う事になった。
八月初旬に手術を済ませて盆前に退院、そして個人病院への入院、抗がん剤治療に臨んだのである。
街を人が忙しげに行き交う、自動車が排ガスを撒き散らして幹線道路を走る、市電がのどかな音を響かせて乗客を運ぶ、
道後温泉に名を知られた愛媛県の県都松山市の日常の風景だった。
「自分の命はこれまでか!」
死を悟り、死を覚悟した男の夏の終わり、やがて秋の気配が漂い心の中の砂漠が砂嵐を上げて孤独に追い討ちを掛けた。
内科医院は、院長、看護師2人の小さな病院、夜ともなると2階の病室はわたし一人の占有になっていた、
秋の気配の病室、何と云う樹木かは定かでなかったが、雨に打たれ男の胸の内を震わせた。
小さなラジカセだった、夜毎ベッドに横になってヘッドホンを耳に当てた、長渕剛の歌が切なく心に染み渡った。
深夜に響く 単調なドラムの響きが 孤独な男を泣かせた !
人生は 終わった だが 俺は負けない 必ず 家に帰る !
静かに降り続く 小枝を濡らす雨 男の胸が小刻みに震えた。
帰りたいのに 帰れない ! 病床の身が 明日なき日々が 切なかった。
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長渕剛「しゃぼん玉」
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